幽霊塔の原作

『灰色の女』 A・M・ウィリアムスン

A Woman in Grey (1898) 中島賢二 訳(論創海外ミステリ)

ようやく黒岩涙香版『幽霊塔』の原作である本書を読み終えました。

涙香版は人名や場所の名前が変えられていたので、ほかにも大きな変更が加えられているのだろうと思っていたら、省略と誇張はあるものの全体としては原作にかなり忠実でした。

涙香版の登場人物のキャラは全体的に濃く、主人公はより尊大に、ヒロインはより崇高に、サスペンス部分は強調され、悪く言えばくどいので読み終えた際にはその大仰さに辟易していましたが、『灰色の女』を読んでみると原作はあっさりしてて物足りなく思えたりもします。
涙香版が当時の文体なので、現代の翻訳の原作と比べて古く感じるという面もあります。

涙香版の養蟲園は原作より不気味だし、パリの医者の部屋の印象も強烈です。
そういえばこの辺りは乱歩がとても好きそうなのに、乱歩版ではさほど怪しさは感じませんでした。何故でしょうね? この話のロマンス面を重視したのでしょうか。

原作、涙香版、乱歩版、それぞれに良さがあるというありがちな結論になってしまいますが、原作が発表されて間もないうちに『幽霊塔』のような翻案に仕上げた黒岩涙香を素直に賞賛したいと思います。


少し期待した編み物は登場しませんでした。
1920年にアメリカで映画化されているので、これもチェックしてみるつもり。

白衣の女 【発見】

ウィルキー・コリンズ著
The Woman in White (1860) 中島賢二 訳

『幽霊塔』の黒岩涙香版と江戸川乱歩版を読んだので、その原作である『灰色の女』(A Woman in Grey)が設定を借りているという本作を読んでみました。
そしたら編み物発見!のおまけが。

※少し内容に触れています。

■あらすじ
ウォルター・ハートライトはフェアリー家の娘たちの絵画教師の職を得た。
ローラとマリアンという2人の娘は両親を亡くしていて、保護者である叔父は美術品にしか興味のない人物。姉妹は父親が違うものの、妹のローラは姉を慕い、姉のマリアンは妹を傷つける者は容赦しないという固い絆で結ばれている。

彼らの住むリマリッジ館は、イングランド北部のカンバランドにある。翌日から屋敷に滞在して仕事をすることになったウォルターは、人気のない真夜中の街道を歩いていた。
すると月明かりの中、白い衣服に身を包んだ女性が不意に現れ、ロンドンに行きたいので送って欲しいと言う。話をするうち彼女がフェアリー家やリマリッジ館を知っていることもわかり、奥様、お嬢様と呼び、かつて親切にしてもらったと・・・。奇妙だが怪しいとは思えなかったので困っている彼女を助け、アン・キャセリックという名前を知る。

ローラに会ってみると、彼女とアンの顔がよく似ていることに気づいた。
やがて2人の間にある感情が芽生えるが、身分の違いゆえお互い口にすることはおろか、態度も示すことはできない。ローラには親の決めた婚約者がいて、これ以上近くにいては辛くなるばかり。婚約者についての怪文書が届いたりと気がかりなこともあるが、マリアンにあとを託し、ウォルターは館を去る。

それからとんでもない陰謀が・・・。

■雑感
文庫本で3冊からなるので大変かなと読み始めましたが、古風な文体ではなくわかりやすいし、何より続きがどうなるか気になって読み耽りました。
ディケンズが発行する雑誌に連載された当時、皆が夢中になったというのも頷けます。

この事件が、関わった人々による手記や口述という形で進んでゆくのも、視点が変わって興味をそそられます。筋書きそのものよりも、優れた人物描写によって思い入れが強まり、当時のことであるし大団円を迎えると思いつつもハラハラさせられました。

本作と『幽霊塔』との関連性は・・・涙香版には少し?
『白衣の女』から『灰色の女』は、タイトルからして似ていますが、涙香版『幽霊塔』となると灰色の着物については出会いの場面で触れられるけれど印象深くはないし、乱歩版は『灰色の女』ではなく涙香版を基にしているので、さらに着衣の特徴はなくなっています。

■編みどころ
ローラの元家庭教師の優しい老婦人ヴィジーさんが、結婚のお祝いにショールを編んでくれます!
ここ何ヶ月もの間
シェトランド産の羊毛でショールを編んでいた。
シェトランドの毛糸で結婚のお祝い、時間もかかっていたとなれば、まさにこの時代、ヴィクトリア朝に大人気となった繊細なシェトランドレースなのでは?と想像します。

そのほかは詳しい記述はないものの、ローラが編み物をすること、アンの母キャセリック夫人が「小さな編み物籠を膝に置いていた。」などがあります。


『灰色の女』も近いうち読むつもりですが、こちらも時代があり女性の著者であるので、編み物が登場するのでは・・・と密かに期待しています。

翻案の翻案

『幽霊塔』 江戸川乱歩

黒岩涙香版を読んだので、次は江戸川乱歩版です。
明治時代とは違って文章も読みやすく、人名や地名が完全に日本化されていて違和感がありません。細かい部分が省略、変更されていますが、大筋はそのままでした。

筋書きを知っているせいもあるかもしれないけど、緊張感や不気味さには乏しく(特に養蟲園の描写があっさりしすぎ)、ヒロインの魅力も物足りなく感じました。主人公の尊大さが抑えられていたのは良いのですが、全体に小粒になってしまった気もします。
プロローグとエピローグは平和なので、本編はドラマチックにしてほしかったけど、涙香版では冗長すぎるし・・・でも乱歩版を読んだことで、涙香版の良さも認識できたのは収穫でした。

あとは原作の『灰色の女』(A.M.ウィリアムスン)ですが、これが『白衣の女』(ウィルキー・コリンズ)から設定を借りているらしいので、『白衣の女』を先に読むつもりです。

明治時代の翻案1冊

『幽霊塔』 黒岩涙香

かなり前から読み始めていたのですが、何度も中断してやっと読み終えました。
最初は面白く読んでいたけど、事の成り行きに予想がついてからも長々と大仰な物言いが続くのに閉口してしまって・・・。

『幽霊塔』はイギリス人女性アリス・マリエル・ウィリアムソン作『灰色の女』の翻案です。
当時はまだ外国人の名前に馴染みがないせいか、舞台は英国なのに名前だけが日本風に変えられています。主人公は丸部道九郎、婚約者お浦、ヒロイン松谷秀子といった具合。
でも主要な人物以外はそのままだったりしてちぐはぐです。
まあ、現代でも外国人の名前はわかりにくいですからね。

江戸川乱歩がこれを更に翻案しているので読んでみようかな。
そういえば天知茂が明智小五郎のドラマ『江戸川乱歩の美女シリーズ 』の「大時計の美女」が『幽霊塔』(『時計塔の秘密』?)を基にしていたけど、こんな話だっけ? とか、原作の『灰色の女』も興味あるし・・・などといろいろ見ていたら、なななんと『幽麗塔』なるコミック化もされているのですね。
全然知らなかったのでぶったまげました。
原作者が見たらぶっ飛びそうな内容だけど、これはこれで面白そう。
乱歩のおかげか、本国より知名度があるのでは・・・。