恋するよりも素敵なこと―パリ七区のお伽話 【発見】

アンナ・ガヴァルダ著
Ensemble, c’est tout (2004) 薜善子 訳

幸せになるための恋のレシピ』(2007) の原作です。

映画を先に見ているので、本を読みながらも登場人物は映画の中の姿が出てきます。それもほとんど違和感はなく、映画には無かった生い立ちなど人物の背景や後日談もあって満足。映画はどちらかというとカミーユの視点ですが、原作はフランク寄りでした。

編み物に関することは映画より少し多め。

おばあさんが編んでくれるセーターについてのフランクの感想。
「穴だらけ」がどういう状態なのか気になります・・・。
不細工だからもういいよって言っているのに相変わらず編んでくれるセーターも、最近は穴だらけ。

おばあさんからマフラーをプレゼントされたカミーユの感想。
とても気に入るんですけどね。
一目見たときそれは雑巾か何かにしか見えなかった。

フランクが言うには
あんな編み物の名人は、俺の婆さまだけだ!

そんな変てこな代物を、カミーユとフィリベールは喜んで身につけてくれて、しかも頭がおかしい風には見えないという・・・このくだりは重要な気がします。

シャーロック・ホームズの愛弟子

『疑惑のマハーラージャ』 ローリー・キング

The Game (2004) 山田 久美子 訳(集英社文庫)

シリーズ第7作。
前作から数週間後の1924年、ある重要人物と連絡が取れなくなったと兄のマイクロフトから告げられたシャーロック・ホームズと妻のメアリは、何が起こっているのか探るべくインドへ向かいます。

この消息不明の人物とはキプリングの小説『キム少年』の主人公で、ホームズは若い頃のキムとチベットで親交があったという設定です。
ホームズとメアリがインドで出会う人々も今までになくユニークで、イギリスの支配力が弱まって何事か企んでいるようなマハラジャも得体が知れずなかなか面白かったです。

キプリングの『キム少年』がスパイ小説であることも、評価が非常に高いことも知らなかったので今度読んでみようと思います。

愛弟子シリーズはこの後もう数作出版されています。
どんどん翻訳してくれないかな・・・。

幽霊塔の原作

『灰色の女』 A・M・ウィリアムスン

A Woman in Grey (1898) 中島賢二 訳(論創海外ミステリ)

ようやく黒岩涙香版『幽霊塔』の原作である本書を読み終えました。

涙香版は人名や場所の名前が変えられていたので、ほかにも大きな変更が加えられているのだろうと思っていたら、省略と誇張はあるものの全体としては原作にかなり忠実でした。

涙香版の登場人物のキャラは全体的に濃く、主人公はより尊大に、ヒロインはより崇高に、サスペンス部分は強調され、悪く言えばくどいので読み終えた際にはその大仰さに辟易していましたが、『灰色の女』を読んでみると原作はあっさりしてて物足りなく思えたりもします。
涙香版が当時の文体なので、現代の翻訳の原作と比べて古く感じるという面もあります。

涙香版の養蟲園は原作より不気味だし、パリの医者の部屋の印象も強烈です。
そういえばこの辺りは乱歩がとても好きそうなのに、乱歩版ではさほど怪しさは感じませんでした。何故でしょうね? この話のロマンス面を重視したのでしょうか。

原作、涙香版、乱歩版、それぞれに良さがあるというありがちな結論になってしまいますが、原作が発表されて間もないうちに『幽霊塔』のような翻案に仕上げた黒岩涙香を素直に賞賛したいと思います。


少し期待した編み物は登場しませんでした。
1920年にアメリカで映画化されているので、これもチェックしてみるつもり。

扉の向こう側 【発見】

パトリシア・ハイスミス著
People Who Knock on the Door (1983) 岡田葉子 訳

■あらすじ
アーサーは17歳、両親と15歳の弟の四人家族で平凡な暮らしをしていた。
あるとき弟が高熱を出し危険な状態になったが、幸いにも回復する。神に祈りが通じたと思い信仰に目覚めた父親は、家族にも信心を要求し始め・・・。

■雑感
ティーンエイジャーが主人公であり、その家族も主要な登場人物というのは今まで読んだ著者の長編とは違うパターンでした。
衝動的な行動を取る主人公が多い中、アーサーが自制心を発揮するのも意外だけど、他の人物のある意味ずさんな描写から来る雰囲気などは相変わらずだと思います。物語はあまりにも想像通りの展開で物足りないような、でも印象に残る作品です。

「扉の向こう側」というタイトルはブレイクスルーって意味合いで、抑圧された主人公が何か突破するような話なんだろうなと思っていたら、原題はそんなんじゃなくて来訪者的な意味でした。まあ、来訪者は「扉の向こう側」から来るわけだし、最後は「扉の向こう側」に出たとも言えるし、原題とは違うけど悪くないのかも。

■編みどころ
アーサーの母方の祖母は悠々自適の毎日を送っていて、遠方からたまに訪ねてきます。
祖母は、ソファに坐り、家で見つけたダークグリーンの毛糸で帽子を編んでいた。毛糸の量が少なくて帽子以外のものは編めないのだという。「おかしな子だこと」編物から目をあげずに祖母はいった。
人の家に来てありあわせのもので編むとは! ぜひ見習いたい・・・。


著者の短編集『11の物語』は、編み物は登場しませんが面白かったです。

同じく短編集『風に吹かれて』に収録の「ネットワーク」の登場人物はセーターを洗っていました。わざわざ書くくらいだから手編みなんだろうと勝手に判断しています。
こちらの短編集は『11の物語』に比べると救いがないダークなものが多く、珍しく超自然なものもありました。

愛しすぎた男 【発見】

パトリシア・ハイスミス著
This Sweet Sickness (1961) 岡田葉子 訳

■あらすじ
デイヴィッドは紡績会社で働く優秀な技術主任である。
収入はじゅうぶんあり、本来の希望の研究職に転職の日も近い。
週末は施設にいる母と過ごすと言って下宿を留守にする彼は、近所では品行方正な天才科学者として通っていた。しかし実際は変名で借りた家に滞在し、愛するアナベルと結婚する日を夢見ている・・・。

■雑感
アナベルはデイヴィッドを恋人として見たことはなく別の男性と結婚しています。デイヴィッドはそんなことは問題にせず、何かの間違いでそうなっているだけで、自分と結婚するのが正しいと思い込んでいます。今で言うストーカーに近いのですが、アナベルを非難することはなく、彼女の夫や理解してくれない周囲の人だけ敵視するのがちょっと違うような気がします。

主人公の性格や、殺人を犯してしまって成り行き任せなところなどは著者のリプリーシリーズに似ています。とばっちりを受けた人は迷惑でしかないけど、同情すべき点も・・・?

■編みどころ
同じ下宿に住む老婦人がデイヴィッドにソックスを編んでくれたり、彼の母にはベッドジャケットを編んでくれたりします。編み物に関する記述はいくつかあり、そのひとつは
・・・何か編み物と本を膝にのせていた。本の上には長方形の拡大鏡が置いてある。彼女はそれをずらしながら本を読み、同時に編み物をするのだ。
すごーい!


このあとに読んだ著者の作品、無実の罪で服役し、受けた仕打ちによって人生が変わった男性の物語『ガラスの独房』(1964)には以下のような場面が。
ヘーゼルには、アイルランド製でオフホワイトの手編みのセーターを買った。
どんな感じだか想像してしまいます。

夜愁 【発見】

サラ・ウォーターズ著
The Night Watch (2006) 中村有希 訳

■雑感
第二次世界大戦後のロンドン。傷ついた、いわくありげな5人の男女に何があったのか・・・舞台は3年前に、さらに3年前に遡ります。こういう手法だと、普通は書き出しより先に進んで物語が終わるのが一般的な気がしますが、この小説はそうではありません。

過去の出来事が描かれ、そういう経緯があってこんな状況だったんだなとはわかりますが、行き止まりに来てから歩いてきた道を見ているようで、これから彼らがどんな選択をするのか、未来がどうなるのかはますますわからなくなり、絶望的でもあるし希望があるようでもあります。

著者の以前の2作品がヴィクトリア朝時代を舞台にしたミステリだったせいか、異なる設定の、いわゆるミステリでない本作の評価は分かれています。
何か大事件が起きるのかと思えばそうではなく、いったいこれは何なのだという感想もわからなくはないですが・・・登場人物たちのその後が読者に委ねられているような、終わった感のない読後が非常に微妙だけど気に入りました。
編み物発見!効果でしょうか? いやいやそんなことは・・・。

■編みどころ
登場人物のひとりヘレンが編み物をします!
・・・戦時中に、兵士のために靴下や襟巻きを編む習慣がついた。いまは毎月、くすんだ色のごわごわの作品を詰め合わせて、赤十字に送っている。現在、編んでいるのは子供用の目出し帽だった。・・・
ほどいて再利用した毛糸を使っているとあります。
また、心配事があり編み物を手に取るものの、ますます苛立ちがつのる場面もあり。

登場人物のひとりヴィヴが乗った列車の乗客について
・・・別の女は編み物をしているのだが、編み針の尻が、両隣の乗客の太股をひっかき続けている。
スラックスを擦られている娘が文句を言って口論になります。

他にも会話の中に編み棒が出てきたり、なかなか豊作でした。


その後、著者の翻訳では最新の『エアーズ家の没落』を読んでみました。
過去3作に編み物が登場しているので、これにも必ずあると思っていましたが期待は裏切られました。でも編み物発見!効果がなくても面白かったです。

ゴシック小説風で、物語は第二次世界大戦後の、かつて隆盛を誇った家の落ちぶれる様を描いています。超自然現象や主人公の心をとらえる館の力を思わせつつ、明確なことは語られません。読み手によって解釈や印象がかなり違うところは『夜愁』と似ています。主人公が男性なのも初めてだし、ヴィクトリア朝やミステリの枠にはまらずこれまでと違った作風で楽しみました。

著者の作品に共通しているのは・・・『半身』と『荊の城』では信じていたものが失われる様があり、『夜愁』と『エアーズ家の没落』ではそれに加えて建築物という形あるものが壊れる様もあり・・・消えてゆくものの儚い瞬間がとらえられているように思います。
寡作な人ですが新作が出ています。翻訳されますように!

また映像の原作本

『モル・フランダーズ』 ダニエル・デフォー

Moll Flanders (1722) 伊澤龍雄 訳(岩波文庫)

映画版『モル・フランダース』(1996)に編み物が少し登場したのをきっかけに興味はあったものの、この映画化がピンと来なかったので掘り下げは後回しにしていました。
でも他の映像化があるらしい・・・と見てみたドラマ版『モール・フランダース 偽りと欲望の航海』(1996)が面白かったので、原作を読まねば!となった次第です。

■あらすじ
上巻表紙より
女主人公モル・フランダーズの60年は、牢獄で生まれ、情婦12年、人妻5回(うち1回は実の弟)、流刑8年という波瀾にみちたものだった。その彼女も最後は裕福になり、遺産贈与の証書を息子に渡す。そして、牢獄で再会した昔の夫とともにイギリスに戻り、過去の邪悪な生活を悔いつつ余生を送る日々であった。
波瀾万丈すぎるのでは・・・。

■雑感
残念ながら編み物は登場しません。
原作はドラマ版に近いですが、主人公がやむにやまれず悪事を働くこと、運命のいたずらによって窮地に追い込まれてしまうことなどがより強調されています。かなり言い訳臭い感じもしますが、仕方ないのでしょう。当時の社会で女性が一人で身を立てる大変さは伝わってきます。

ちなみにドラマ版で描かれていたのは前半生まででした。

デフォーというと子供の頃の愛読書だったロビンソン・クルーソーの作者のイメージしかなかったけど、本人も波瀾万丈な人生を送ったようです。他の作品も読んでみるつもり。

上記2つの映像化以外の映画化作品に編み物が登場していました。後日紹介します。

もっとうまく騙して

『追悼者』 折原 一


「昼はOL、夜は・・・」という実在の事件をネタにしているけどあまり関係ないです。
私は推理小説を何も推理しないで読んでしまうこともあるのですが、本作も途中までは推理していたものの、だんだんどうでもよくなっているうち読み終えてしまいました。
終盤まで興味を繋げてくれるものがいまひとつ足りない感じです。

著者の初期の作品はほとんど読んでいましたが、ここしばらくはたまに読んでみてもハズレが多く、本作もあまり期待していませんでした。
その割にはまあまあかな。また何か読んでもいいかな、と思います。

馬映画の原作

『黒馬物語』 アンナ・シュウエル

Black Beauty (1877) 山田昌司 訳(岩波文庫)

映画化を見て興味を持ち、原作を読んでみました。
たしかに評判通り『ブラック・ビューティー/黒馬物語』(1994)が原作に近かったです。
主人公は黒馬で、全編が彼の視点で語られてゆきます。

馬による人間観察というと『ガリヴァー旅行記』(スウィフト著)のフウイヌムを思い浮かべますが、そちらが辛辣な人間批判なのに対し、本作の主人公はひたすら優しく、不平はあまり言わずに現状での馬の仕事を通して切々と綴ります。
押しつけがましくないのが余計に胸に響く感じです。
人間が馬を理解していないのとは対照的に、馬が人間の会話を聞いていろいろ思いをめぐらせるのも面白いところ。

編み物のことは会話の中に一言出てきただけで、原作と違っている映画『黒馬物語』(1971)にちらっと登場したような場面はありませんでした。

現在、普通の文庫版が古いものしか入手できなくて困りました。
いくつか出ている絵本版は図書館で見てみよう・・・。

熱い空気 【発見】

『松本清張没後20年・ドラマスペシャル 熱い空気』(2012) テレビ朝日系列
監督:松田秀知
出演:米倉涼子、余貴美子、段田安則、野際陽子、高岡早紀

■あらすじ
家政婦の河野信子は、田園調布の稲村家に派遣された。
稲村宅には大学病院の内科部長である夫と妻、3人の子供と夫の母が暮らす。
一見、上流家庭だが嫁姑は対立し、子供はやりたい放題、妻はセコい性格、あることないこと夫に告げ口して家政婦をいびり出してきた。
信子はその眼力で、唯一まともに見える夫にも何かあると確信する。
案の定、夫の浮気相手からの手紙を見つけ・・・。

■雑感/編みどころ
最初に放送されていた時にもチラっと見たのですが、先日の再放送時に編み物発見!

協栄家政婦会という家政婦の派遣会社の詰所的なところで、風邪を引いて仕事に出られない家政婦仲間の加藤シズ(岩本多代)が、右手の人差し指に糸をかけてアメリカ式で編んでいました。
おっとりしたキャラらしく動作もゆっくりで、手編みらしきショール、セーター、ひざ掛けなどに身を包んでいます。

『テレビ朝日開局55周年記念 ドラマスペシャル 家政婦は見た!』(2014)にも加藤シズが登場しているので、編み物をしていなかったかどうか気になります。
再放送されたら要チェックです!


『熱い空気』松本清張 (1963)
原作を読んでみました。
残念ながら編み物は登場しません。。。

実は米倉涼子版のドラマは、なぜか途中を飛ばして結末だけ見ていました。
結末は原作とは違いますが、そこは気になりませんでした。
ドラマ版のあらすじや感想を読むと、それよりも話の中のほうが問題ありそうですね。


『松本清張の熱い空気 家政婦は見た!夫婦の秘密「焦げた」』(1983) テレビ朝日系列
もしかして米倉涼子版はこっちをリメイクしたの? と思って、市原悦子版を見てみました。『家政婦は見た!』が、シリーズとして制作される前の第1作目です。

こちらは原作にかなり忠実です。よって編み物は登場しません(ガクッ!)。
原作と違って、信子と奥さんの妹(山口いづみ)との意思疎通があるところがすごく良かったです。

この『家政婦は見た!』シリーズも見ていないのですが、編み物をする登場人物はいるのかな? 家政婦の詰所というのはいかにも編み物が出てきそうだし。
そういえば成瀬巳喜男監督の『ひき逃げ』(1966)も、主人公(高峰秀子)が家政婦紹介所にいる場面で何人かが編み物をしていましたっけ。

原作に編み物が登場しないので、この物語としての見比べの興味ですが、望月優子の1966年版(関西テレビ)、森光子の1979年版(TBS)も気になります・・・。